拠点形成プロジェクト

2022年度 研究拠点構築型

東アジア世界における「モノ的情報」研究拠点の形成:
総合知による文化財分析の可能性

プロジェクト代表者
宮原 曉

大阪大学大学院人文学研究科・教授

日本や中国を始め東アジア世界では、古くから植物由来の墨や紙とともに、重金属などの無機物を原料とする顔料を用いて、さまざまな色彩的な表現や情報伝達をおこなってきました。

こうした表現や伝達、およびその媒体としての文化財や生活民具は、これまで主として歴史学や考古学、民俗学の分野では、「コト的情報」として収集され、また分析の対象とされてきました。ところが今日では、モノが人にどう働きかけるかといった観点から文化財が持つ意味を再評価し、さらに人類学やイメージング分光学の観点から、物質文化をめぐる表現手法や技術の流通、消費、複製、翻案をより立体的にとらえていこうとする「モノ的情報」への関心も高まりつつあります。

こうした学術的な背景の下、本研究拠点形成プロジェクトでは、人文学的知と自然科学的知を総合し、モノとモノとのネットワークのなかに文化財や生活民具をとらえようとすることを試みています。より具体的に言うならば、既存の歴史学的、考古学的、民俗学的な文化財、民具研究に、本学レーザー科学研究所のイメージング分光技術と人類学のマテリアリティ研究(もしくはマテリアル研究)の要素を加え、東アジア世界における古文書や書画、経典に用いられる水銀朱の顔料、陶磁器に用いられる釉薬、金属製の大工道具に含まれる不純物などを、「モノ的情報」の観点から解析する国際的な研究拠点の形成をめざします。

本研究プロジェクトでは、次の3つの大きな課題を設定しています。

ひとつめは、水銀朱、辰砂に関する課題です。空海が丹生都比売に導かれ、水銀鉱脈上にある高野山に辿り着いたという伝説をはじめ、日本には水銀と不老不死に関連する伝説が多くある。とりわけ中央構造線上に並ぶ関連史跡は、古代から中世にかけて日本人がいかに水銀に重視していたかを彷彿とさせます。

不老不死と水銀を結びつける思想は、もちろん中国にもあります。水銀を不老不死の薬として信じていた秦の始皇帝は、不老不死の薬を手に入れようと、徐福を日本に派遣します。出雲・美保神社の付近が上陸地点だと言われています。

今日、不老不死を信じる人はあまりいませんが、それは死を生物医学的にとらえた場合であって、古代人は肉体的な死を死とは考えていなかったのかもしれません。その辺りのことが、辰砂の用いられ方のモノ的情報としての側面に光をあてることでわかってくるかどうかは、まだわかりませんが、日本古代史や考古学の専門家をプロジェクトにお招きすることで、また広く東・東南アジアにおける水銀朱の使われ方と比較することでいくつかの仮説が提示できればと思っています。

二つめの課題は、東南アジアでよく見つかる肥前や景徳鎮、福建、さらに近世以降の砥部の陶磁器の破片をイメージング分光分析することです。これまで陶磁器の分析は、産地や年代を経験的に特定してきた。イメージング分光の手法によって、用いられた釉薬などの特性をさらに詳細に知ることができ、例えば、作成した職人の技法の特性、どのように価値を生み出そうとしたのかなどに関する仮説を立てることができると考えています。また陶磁器には、しばしば文字様の模様が描かれることがありますが、中には文字には見えないものもあります。イメージング分光は、それが故意に崩されたものなのか、文字を知らない職人が描いたのかを考える材料を提供してくれるかも知れません。この課題については、東南アジアや東アジアの研究者とともに国際的な共同研究として進めていきます。

フィリピン・セブで見つかった陶磁器片
フィリピン・セブで見つかった有田内山産のチョコレートカップ

三つめの課題は、より近年の日本を舞台に流通、消費、複製、翻案された文化財や生活民具の分析です。日本には孫文が辛亥革命への支持を得るために書いたとされる書画が多く存在しています。これらの落款をイメージング分光分析していくことで、書に関するモノ的情報を引き出していきたいと考えています。また、江戸末期から昭和前半まで、瀬戸内海、あるいは日本列島で使用されていた大工道具や農具、木挽き用具、さらに生活民具は、関係者が少なくなるなか、その生産と流通に関するコト的情報の収集が難しくなってきています。それを補うために、これらの道具、民具からモノ的情報を引き出せないか、と言うのがこの課題のもう一つの目的です。

イメージング分光分析では、書画の水銀朱、ベトナムの経典の注釈、フィリピンで出土した陶磁器片、瀬戸内海地域から台湾、東南アジア地域に流通した大工道具や焼き物などを、収蔵施設から持ち出さずに非破壊で分析することが可能です。この分析を通して物質文化に対する考え方を転換させることができ、近百年、さらには古代から中世の東アジアにおいて政治的、文化的境界を越えてモノが移動し、それぞれの場所でどう消費され、複製され、翻案されたのか、またモノに付随する表現の手法や技術、色彩がそれぞれの地域においてどのようなインパクトを持ち、近現代東アジア世界の成り立ちを支えたかといった点に関して、従来の解釈学的アプローチでは明らかにならなかった知見を獲得することが期待されます。

プロジェクト構成員
学内 清水 政明 大阪大学大学院人文学研究科・教授
猿倉 信彦 大阪大学レーザー科学研究所・教授
清水 俊彦 大阪大学レーザー科学研究所・准教授
島薗 洋介 大阪大学グローバルイニシアティブ機構・講師
岡野 翔太 大阪大学レーザー科学研究所・特任研究員
敖 夢玲 大阪大学大学院人文学研究科・招へい研究員
高木 泰伸 大阪大学大学院人文学研究科・招へい研究員
中田 愛乃 大阪大学レーザー科学研究所・特任研究員
学外 野上 建紀 長崎大学多文化社会学部・教授
吉田 英樹 長崎県窯業技術センター 陶磁器科・科長
中野 雄二 波佐見町歴史文化交流館 学芸員
波佐見町教育委員会 文化財班 課長補佐
BERSALES, Jose Eleazar R. サンカルロス大学人類学科・教授(フィリピン)
栗 建安 福建省博物院・元研究員(定年退職)
JIMENEZ VERDEJO, Juan Ramon 滋賀県立大学環境科学研究科・環境建築デザイン学科・
准教授
豊島 吉博 砥部むかしのくらし館 館長
広実 敏彦 四国民具研究会 副会長
古賀 瑞枝 周防大島町立久賀歴史民俗資料館 学芸員
島の生活文化研究会 学芸担当
協力機関・
連携機関
波佐見町歴史文化交流館
砥部むかしのくらし館
周防大島町立久賀歴史民俗資料館
キーワード イメージング分光分析、モノ的情報、流通、消費、模倣、水銀