拠点形成プロジェクト

2021年度~2023年度 教育プログラム開発型

社学連携型・高度副プログラム
「日本におけるマイノリティ教育の理論と実践」の開発

プロジェクト代表者
岡部 美香

人間科学研究科・教授

最終年度 実施・研究成果報告書

最終年度の実績

最終年度となる2023年度は、大阪大学大学院等高度副プログラム「日本におけるマイノリティ教育の理論と実践(Theory and Practice for Minority Education in Japan)」のカリキュラムに関して、2年目に開講されているフィールドワーク実践科目の整備を行いました。2023年4月の時点で、8名の学生が本プログラムを受講しており、2024年3月には、プログラムを修了しディプロマを獲得した学生を1人、輩出しました。その学生は、フィールドワーク実践で得られた地域連携ネットワークを活かし、大阪大学・人間科学研究科に修士論文「夜間中学生の学ぶよろこびに関する一考察――守口市立守口さつき学園夜間学級でのインタビュー調査に基づいて――」を提出しました。

また、2024年2月4日にグローバル日本学教育研究拠点・月例ワークショップ「これからの『戦後』への教育学」を実施しました。このシンポジウムには、外国にルーツのある児童生徒への学習支援で2021年度から継続的に連携してきた黒田恭史氏(京都教育大学)をお招きしました。黒田氏は、大阪大学に在籍するウクライナからの留学生とともに、ウクライナから避難してきている子どもたちの学習を支援する活動を展開しています。その活動にまつわるお話を中心に、これまで約80年の間に日本が培ってきた平和教育の知識・技能をいかに今後の国際社会で生かし得るかについて、広島と沖縄をフィールドとして平和教育について研究している平田仁胤氏(岡山大学)と古波蔵香氏(福岡教育大学)とともに議論しました。

研究期間全体における研究成果の概要

誰一人取り残さない社会の実現をめざして国連サミット(2015)で採択された「持続可能な開発目標」(SDGs)の17の目標の一つに「すべての人に包摂的かつ公正な質の高い教育を確保し、生涯学習の機会を促進する」(目標4)が掲げられています。これを受け、日本でも2016年に「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」(教育機会確保法)が公布され、全国的に夜間中学校の設置・整備が進められているほか、何らかの困難や特別なニーズを抱える児童生徒への教育・支援および課題の多い学校への支援に力が注がれています。とはいえ、まだ成果は十分とは言えません。

特に近年、増加・多様化の傾向が著しい外国にルーツをもつ子どもたちへの教育・支援が焦眉の課題であることは、文部科学省の報告「外国人児童生徒等の教育の充実について」(2020)でも指摘されており、明らかです。学校教育には、そのような子どもたちに対する日本語・日本文化の教育のみならず、多言語による教育・福祉・生活情報の提供と学内外における学習・生活の支援、母語で話す機会や独自の文化的生活を営む権利の保障などが要請されています。しかしながら、この要請に十分に応え得る知識・技能・社会的ネットワークをもつ学校教員・支援員はまだ少ないのが現状です。

本プロジェクトは、こうした全国的・国際的な教育課題の解決に実働的に貢献し得る高度な専門的知識・技能をもつ学校教員・社会人の育成・輩出をめざすものです。

2021年度に準備を進め、2022年4月より、人間科学研究科・人文学研究科・日本語日本文化教育センターが共同して、前期課程大学院生を対象とする大阪大学大学院等高度副プログラム「日本におけるマイノリティ教育の理論と実践(Theory and Practice for Minority Education in Japan)」を開講しました。

この高度副プログラムは、Aコース(受講の前提として必要な知識は特になく、文系理系を問わず、さまざまな分野の学生が受講可)・Bコース(受講時までにすでに日本語教育に関する基礎的な専門知識・技能を習得している大学院生向け)に分かれています。受講生はそれぞれ自分に合ったコースを選択し、講義、演習、そしてフィールドワークにおける学習や経験を通して、以下の能力を身につけていきます。

  • ①教育学の基礎知識と日本におけるマイノリティ教育の現状と課題について理解している。
  • ②日本のマイノリティ教育の現状と課題について自分の意見をもち、論じることができる。
  • ③日本語教育と母語保障に関する専門基礎の知識を獲得している。
  • ④①~③の専門的知識・技能を、フィールドで課題解決にむけて適用することができる。
  • ⑤マイノリティ教育/日本語教育・母語保障を主題とするアクションリサーチを実践することができる。

A/Bコースいずれにおいても、到達目標①②③を達成するための講義・演習科目〈理論研究科目群〉と、到達目標④⑤を達成するためのフィールドワーク科目〈実践応用科目群〉が設置されています。前者は、フィールドワークに出る前に必要な専門基礎の知識・技能を身につけることを、後者は、理論研究科目を通して身につけた知識・技能を実地で活用しながらフィールドワークを行うなかで、「現場で活かせる」専門的な知識・技能を習得することを目的としています。

フィールドワークは、大阪府教育庁やいくつかの自治体等と連携して、大阪府立福井高校、同西成高校、同大阪わかば高校、大阪府守口市立守口さつき学園夜間学級、大阪市旭区社会福祉協議会等で行われました。例えば、福井高校では、外国にルーツをもつ生徒の皆さんと多言語絵本紹介活動をしました。この活動は、大阪府立図書館が所蔵する外国語の絵本を、大阪府内各地の小学校に散在している外国にルーツをもつ子どもたちやその保護者、そして学校の先生方に向けて紹介するYouTube動画を制作するというものです。当初は、大阪大学の日本人学生・留学生(母語と日本語による絵本の概要作成)と同じく大阪大学の美術部の学生(YouTubeの背景となる挿絵の制作)がこの活動の中心を担っていたのですが、2022年度から、上述のように、福井高校に在籍する外国にルーツのある生徒の皆さんが、母語と日本語による絵本の概要作成に参加してくださることになりました。この概要作成の支援・協力を、上記・高度副プログラムを受講している2名の大学院生が支援・協力しました。完成した動画は、大阪府教育委員会のYouTubeで公開されています。

  • 大阪府教育委員会のYouTubeですでに公開されている多言語絵本紹介動画は次のURLを参照。

以上のような活動を含め、この高度副プログラム全体を通して、地域の学校や図書館、教育委員会等と協働しながら、日本語の教育・学習を支援・促進するだけではなく、母語・母文化も大切にしながら外国にルーツをもつ子どもたちの成長を支援し、自尊心と熟達感(自分はやり遂げた、だから次の課題もできるはずだと思える感覚)を育成できる学校教員・社会人を輩出することをめざしました。

2022年度の受講者は5名(人間科学研究科3名、人文学研究科2名)、2023年度の受講生は3名(人間科学研究科2名、基礎工学研究科1名)でした。2024年3月には、プログラムを修了しディプロマを獲得した学生を1人、輩出しました。その学生は、フィールドワーク実践で得られた地域連携ネットワークを活かし、大阪大学・人間科学研究科に修士論文「夜間中学生の学ぶよろこびに関する一考察――守口市立守口さつき学園夜間学級でのインタビュー調査に基づいて――」を提出しました。

しかしながら、本高度副プログラムの主軸を担ってくださっていた大学教員が2023年度末をもって退職されることになり、講義科目、フィールドワーク実践科目の継続が困難となりました。ですが、幸い、本プログラムは、2023年4月に設立された「大阪大学大学院人文学研究科附属・複言語・複文化共存社会研究センター」と事業内容が重複するため、センターに事業を引き継ぎ、本プログラムは2024年度以降、募集を停止することになりました。とはいえ、フィールドワーク実践科目の構築過程で培った地域連携のネットワークを活かして、夜間中学校における外国にルーツのある生徒への学習支援事業、大阪大学の留学生による国際理解教育の推進は、引き続き、大阪大学社会ソリューションイニシアティブ・基幹プロジェクトの一部として継続します。

夜間中学校で活動する阪大生
プロジェクト構成員(最終年度時点)
学内 榎井 縁 大阪大学大学院人間科学研究科・教授
櫻井 千穂 大阪大学大学院人文学研究科・准教授
加藤 均 大阪大学日本語日本文化教育センター・教授
松岡 里奈 大阪大学日本語日本文化教育センター・特任講師
協力機関・
連携機関
大阪府教育庁
守口市教育委員会
大阪府立大阪わかば高等学校
守口市立守口さつき学園夜間学級
大阪府立福井高等学校
大阪府立西成高等学校
キーワード マイノリティ教育、教育格差是正、外国ルーツの生徒、日本語教育、母語保障