コラム
「ことばの杖」を手放す/手渡す。——李良枝と温又柔
渡邊英理
大阪大学大学院人文学研究科教授
本拠点兼任教員・運営委員
1.「在日」文学再考――作家・温又柔さんを迎えて
2023年1月21日・22日に、大阪大学グローバル日本学教育研究拠点で「GJS Research Workshop2023年1月例会「在日」文学再考――作家・温又柔さんを迎えて」を開催した。このWSでは、2022年に没後30年の節目を迎えた、在日朝鮮人作家の李良枝の文学をひとつのトピックとした。
李良枝は、わたしが研究している作家・中上健次と浅からぬ縁をもっている。韓国ソウルで出会った李良枝に小説を書くように勧めたのは、他でもない中上で、作家・李良枝の誕生に中上は少なからず関与している。そして、偶然にも、中上と李良枝は、同じ1992年に亡くなった。92年6月に李良枝が享年37歳で、8月には中上が46歳で世を去った。
中上没後30年を迎える2022年の7月、わたしは単著『中上健次論』を上梓した(https://www.gjs.osaka-u.ac.jp/news/2022/920/)。中上論を書き上げたわたしは、李良枝をめぐる対話の場を求める強い思いに駆られるようになった。これまでも李良枝については、エッセイや短い論を書いたりしてきたのだが、なんとしても李良枝について語る場を設けたい、いや設けなければならない、その苛烈さにおいて傍から見れば奇妙とも言える情熱にとらわれてしまったのだ。
では、一体、誰と、どのような人たちと語りあうのか。具体的な対話を構想した時、真っ先に思い浮かんだのが、温又柔さんだった。わたしは、デビュー作「好去好来歌」以来、温又柔さんの文学を愛読しており、温さんにとって李良枝がかけがえのない大切な作家であることは知っていた。くしくも、2022年9月に『李良枝セレクション』(白水社)を温さんが編まれ出版された。そこで本拠点の宇野田尚哉教授、Nicholas LAMBRECHT助教と相談し、上述のWSを企画することとなった。キーノート・スピーチに温さん、そして、パネルセッションに、山﨑信子さん、Catherine RYUさん、康潤伊さん、趙寛子さんを迎えてWSを開催、触発的な対話の時間をもつことができた。
このWSにおける温さんのキーノート・スピーチについては、『すばる』 2023年5月号(集英社)に、また、WSの模様の一部は、雑誌penのオンライン版で紹介されている。また、今年度の本拠点のAnnual Reportに、ご講演を終えての温さんのエッセイが掲載予定である。ぜひ、ご覧いただきたい。
2.「ことばの杖」を手放す
当日のWSの模様は、上記メディアをご参照いただくこととして、ここでは、李良枝文学と温又柔文学の批評的関係を覚書として記しておきたい。李良枝文学に対する温さんの敬愛の気持ちは、デビュー作「好去好来歌」(すばる文学賞)のうちにすでにして表明されている。「好去好来歌」のヒロインは、楊縁珠。縁珠は、父親の仕事の都合で、3歳の時に台湾から日本に移り住んでいる。台湾語や中国語より、日本語が得意な大学生だ。この小説の冒頭で、縁珠が赤ちゃんだった頃の夢が描かれる。
夢のような記憶の中で、赤ちゃんの縁珠は「歯のない口をあけたまま、腹の奥で力を込めてみる。やっとのことで、アァ、アァ、と声が出た、というより、漏れた、というほうが近い。声、ではなく、音だった。この、音、を出すので精一杯だった」。「さっきよりも強く、言葉を発したいと思った。それなのに、アァ、とか、オォ、とかいう、あの、声とも呼べない音のような、言葉とは似ても似つかないものだけしか、やっぱり、出てこない」。
この夢について、縁珠は「わたしは、妊娠している。なのに、赤ちゃんになった夢を見た」と述べる。縁珠は妊娠している。にも関わらず、縁珠は同時に赤ちゃんである、そうした奇妙な捻れを帯びた夢である。しかも現実の縁珠は妊娠していない。だから、この夢を語る言語は、さらなる捻れを抱える。その幾重にも捻れた夢のなかで、赤ん坊であり、妊婦でもある縁珠は、「アァ」や「オォ」という「言葉とは似ても似つかない」「声、ではなく、音」をつぶやいている。
この場面は、李良枝の『由煕』を引用し批評的に翻案したものである。「在日朝鮮人二世」にあたる李良枝は、韓国語や伝統芸能を学ぶ留学先のソウルで小説を書き始めた。李の小説のいくつかは、その留学経験を素材とする。ソウルに留学する「在日同胞」の名前をタイトルとする『由煕』もその系譜にあるが、作家の分身的な「在日同胞」ではなく韓国人の「私」を語り手にすえる。
「在日同胞」の由煕は、ソウルのS大学国文学科の留学生である。「私」と叔母の家に下宿していた由煕は、卒業間近の大学を中退し日本に帰国する。由煕を引き止めようとした「私」のもとには由煕が日本語で書いた紙の束が残された。由煕が「私」の前から姿を消した瞬間から物語は始まり、不在の由煕をめぐって回想される過去と由煕のいない現在が綴られる。韓国語話者である「私」の語りは日本語で記され、作中にはハングルも織り交ぜられている。
由煕は、韓国にも韓国語にも居場所をうまく見つけることができず、逃げるように日本へ帰国する。小説の結末部、由煕がオンニと慕った、語り手である「私」は、由煕が残していった手書きの日本語の紙の束を思い浮かべるのだが、その時、「私」は「ことばの杖」を手放す体験に襲われる。
──아(ア)
私はゆっくりと瞬きし、呟いた。由熙の文字が現われた。由熙の日本語の文字に重なり、由熙が書いたハングルの文字も浮かび上がった。杖を奪われてしまったように、私は歩けず、階段の下で立ちすくんだ。由熙の二種類の文字が、細かな針となって目を刺し、眼球の奥までその鋭い針先がくいこんでくるようだった。次が続かなかった。아の余韻だけが喉に絡みつき、아に続く音が出てこなかった。音を捜し、音を声にしようとしている自分の喉が、うごめく針の束に突つかれて燃え上がっていた。
この「私」の体験は、由煕が日常的に体験し、オンニこと「私」にその辛さを訴えていたものだ。
——아なのか、それとも、あ、なのか。아であれば 야、어、여と続いていく杖を掴むの。でも、あ、であれば、あ、い、う、え、お、と続いていく杖。けれども、아なのか、あ、なのか、すっきりとわかった日がない。ずっとそう。ますますわからなくなっていく。杖がつかめない。(四四九〜四五〇頁)
「アァ」という音は物質性(マチエール)である。音という物質性は、ひとつの言語体系を超えた普遍性を持っている。しかし、その音は、特定の言語体系の中で実質性(シュプスタンス)を伴うものでもある。言い換えれば、「アァ」という物質としての音は、ある言語体系の中で特定かつ固有の実質性において、つまり日本語では「あ」、韓国語では「아」において体験される。由煕が目覚めの瞬間に「口の中」でつぶやく「あ/아」は、どの言語体系にも回収されていない、文字通り「言葉にならない言葉」である。それは音が言葉になって意味に依存する手前の、空気から変わったばかりの「ことば」の響き、「ことば」未生の響きだ。
わたしたちは、日々、この響きを、ある特定の言語体系の中で位置づけ、語や文として分節し、その意味を確定させるという連続した作業を行なうことで、「言葉にならない言葉」を「ことば」にしている。「ことばの杖」とは、こうした個人の言語活動を支える前提を指すが、その前提は常に民族や国家の歴史性や象徴性に侵されている。「ことばの杖」を摑むとは、その前提を所与のものとして受け入れ自明化する行為を表現するものだろう。
しかしながら日本語話者として育った「在日同胞」であり、物心ついてから第二言語としてハングルを学んだ由煕は、言語・民族・国家の境界が一致していない状態にある。言語の境界と、民族や国家の境界が異なる由煕にとって、「ことばの杖」は所与にも自明なものにもなりえず、必死に掴みとらなければならないものである。そうであるがゆえに由煕は「ことばの杖」をつかみ損ね、日本と韓国、日本語と韓国語のなかで自分の居場所を探し損ねる。
韓国語を「催眠弾」のように感じる由煕は、しかし、「アジュモニとオンニ」、叔母と「私」の声が好きだ、二人の韓国語が好きだ、と告げる。「おふたりが話す韓国語なら、みなすっとからだに入ってくるんです」。由煕は、「アジュモニとオンニ」、叔母と「私」の声、その「ことば」のなかに相手の「仕草」や「表情」「視線」を見出し、個別具体の息遣いを受けとっている。
小説の結末、「私」は、「ことばの杖」を手放すことになる。それは、「私」が、由煕の残した文字の中に、由煕固有の肌理や息遣いを感じ、民族や国家に絡め取られない「ことば」、あるいは「ことば」未生の響きに手を伸ばし、触れようとしたためであろう。「私」が、声ならざる声でつぶやく아(ア)とは、由煕が目覚めの瞬間に「口の中」でつぶやく「あ」でも아でもない、あるいは、「あ」でも아でもある音のような、「ことば」未生の響きである。
3.「ことばの杖」、その問いを手渡す
「好去好来歌」の「アァ」や「オォ」は、すでに述べたように、この『由煕』の「ことば」未生の響きの批評的な翻案である。しかも、『由煕』では小説の棹尾にあったその響きを、作品冒頭、言わば、生まれたての小説の言葉の場所に転生させている。「好去好来歌」の夢は、実際はしていないはずの妊娠をした時に見た夢として、すなわち、自己のなかに他者を抱え込む時の夢として語られている。さらに、夢のなかでの縁珠は、子を孕む母親ではなく、母親に孕まれた赤ん坊となっている。これは、「母性イデオロギー」として還元されるものではない。
詩人・思想家の森崎和江は、「出産」という出来事について、母親が産むでも、子が生まれるでも十分には語ることができないと言い、「出産」という経験を語る言語そのものがないこと、その「ことば」の不在について語っている。これは、男性を中心化する言語体系には、「それ以外」(エトセトラ)としてある「女子ども」を語るための言葉が未だ存在していないことを言うものであろう。「好去好来歌」の妊娠の夢は、未だ存在しない「女子ども」を語るための言葉という問題に通じている。未生の「女子ども」の言葉。その言葉は、自立した主体の言語ではなく、自己のなかに他者を抱え込み、互いに他に依存しあう主体ならざる主体の「ことば」にちがいない。
『由煕』から「好去好来歌」へ、ふたつの小説の間で、「ことばの杖」をめぐる問いは確かに手渡されている。そして、その「ことば」のリレーは批評的なものである。温又柔さんは、李良枝から「ことばの杖」をめぐる問いを受けとり、そして、そこに、国家や民族とともにジェンダーの変数を付け加えたのだ。